2025/04/26 12:00
天空に佇む茶園を訪ねて
私たちが訪れたのは、静岡県浜松市にある冨茶園です。一級河川天竜川の流れる天竜地区の山の上にひっそりと佇む美しい茶園です。切り立った山々の間に新緑が美しい茶畑が広がっていました。ここから上にはもう人里のない、案内してもらわなければ辿り着くことのできない秘境にある天空の茶園です。
現代に続く隠れ里
天竜区は平家の落人が隠れ住んだと伝わる地域で、現代でも知る人ぞ知る隠れ里のような趣を残しています。深い山々に囲まれた静かな集落には、今もなお昔ながらの生活や風習が息づいており、訪れる人にどこか懐かしさと神秘的な魅力を感じさせます。

画像:茶園から見下ろす山々
囲炉裏の横でお茶をいただく
茶園に着くと、まずは築120年の作業小屋へ。歴史を感じさせる囲炉裏は、寒い時期には火を入れて今でも現役で使っています。囲炉裏の横でお茶を淹れて、もてなしていただきました。

画像:現役の囲炉裏

画像:萌黄色のお茶

画像:窓際の椿
冨茶園のお茶は、萌黄色の澄んだ色合いで、雑味がなくすっきりとした味わいです。お茶農家が淹れてくれた一杯は、自分で淹れるものとは一味違い、格別の美味しさでした。
昔ながらの手摘みから、経験と勘の製茶作業まで
元は馬小屋だった建物に製茶のために必要な様々な機械が揃えられています。今では修理できる工場や職人もいなくなってしまった古い機械を使用して、1日4回の製茶を行っています。一工程で製茶する生葉はわずか50kg、1日に製茶可能な量はおよそ200kg分です。

画像:茶摘みかご

画像:粗揉機(そじゅうき)
伝統的な手摘みで、一枚一枚丁寧に摘まれた生葉は、一工程分の量が集まるとすぐに製茶の工程に入っていきます。新鮮な生葉を、まずはゆっくりと蒸していきます。回転数をゆっくりに設定して、じっくりと蒸すことでお茶の甘みを引き出すとともに、綺麗なグリーン色のお茶にしていきます。
丁寧に蒸された茶葉は、粗揉機(そじゅうき)という熱風乾燥機で乾かしていきます。このとき、通常は一度で乾燥させていきますが、冨茶園では1度目は25分、別の粗揉機に入れて2度目の25分という風に2度に分けてゆっくりと乾燥させていきます。

画像:粗揉機(そじゅうき)の説明をする内山さん

画像:ふるいの説明をする内山さん
茶揉みなどの工程を経て、最後に商品となる茶の選別はふるいを使って手作業で行います。
製茶の工程では、蒸し時間の調整や乾燥具合など、雨の日や晴れの日、気温や湿度によって微妙に調整をしています。長年の勘と経験の成せる技です。
農薬も化学肥料も除草剤も使用しない
冨茶園のお茶は、小さな茶園だからこそのできる限りの丁寧さで作られています。茶園では、早生(わせ)から晩生(おくて)まで6品種のお茶の木が栽培されていて、茶摘み時期が品種ごとにずれるため、お茶摘みさんたちに順番に摘んでいってもらいます。

画像:お茶の新芽

画像:斜面を歩く内山さん
手摘みであることはもちろん、農薬や除草剤も使用していません。農薬の代わりに使用するのは焼酎やお酢など人が食べられるものを混ぜて発酵させたものを山からの天然水で希釈したものです。病害虫を忌避するためにお酢の殺菌作用やニンニクの香り、とうがらしの辛味成分を利用しています。さらに、急勾配の茶園の全てを手で草取りをしています。
山からの一番水
茶園で使用する水は、山の向こう、歩いて1時間ほどのところを水源として、集落のお隣さんと2人で管理を続けています。その水は冷たく清らかで透き通っています。

画像:天竜川の上流

画像:天竜川の上流の透き通った水
ここから上には人里や田畑もなく、この茶園に使われているのは山からの一番の水です。小鳥のさえずり、川のせせらぎ、風の音。車の音が全く聞こえず、排気ガスもかからない。自然豊かで汚染のない澄んだ空気と遮るものがない太陽の光がお茶の葉を輝かせていました。


画像:日差しを浴びて輝くお茶の葉
代々-yoyo-というお茶
私たちがお取り扱いさせていただいたのは、樹齢100年以上、在来品種のお茶-yoyo-です。この木は古樹で、お茶の実、つまり種から育てられました。
茶の木の寿命は30〜50年とされていますが、適切な手入れをすれば、100年以上生きることもあります。名も無きこの在来品種は、冨茶園の丁寧な製茶技術によって、美しく透き通った萌黄色のすっきりとしたお茶になります。


画像:冨茶園のお茶 -yoyo-
農薬・除草剤不使用、化学肥料不使用、自然のままに手入れをして代々受け継がれてきた在来品種のお茶は大変希少です。
その年の1番目の新芽だけを使用するため、生産量も限られています。
そして、次の代へ
内山さん夫妻が受け継ぎ、続けてきた茶園の技術は、娘のさちさんへと伝承中です。今ここにあるものの素晴らしさを伝えながら、大切に繋いでいきたいと教えてくれました。

画像:冨茶園の皆さん
「もうすぐホトトギスが鳴く頃だよ」と穏やかに話す内山さんの言葉には、都会の喧騒の中では決して触れることのできない、季節とともに生きる人ならではの時間の流れが感じられました。
──そんな出会いが、心に静かな余韻を残しています。